がんばろう日本! 復興への道 〜 顔晴る(がんばる)企業様 〜


丸平(まるひら)かつおぶしは、創業明治36年の老舗。
宮城県石巻市で、こだわりの「かつおぶし」や
三陸の豊富な海の幸を利用した「漬け魚」などの製造、販売を行ってきた。
こだわりのかつおぶしは、東北6県の1000店舗を超えるうどん、蕎麦屋で
使われ、中には、創業当時からずっと使い続けている老舗の蕎麦屋もあると
言う。

 

丸平かつおぶしの本社工場は、海の近く、北上川沿いにあった。
工場は3階建てであったが、襲ってきた津波は2階の事務所まで
完全に水没してしまうものであった。
1階にあったのが漬け魚の工場。
津波により機械は流され、原料の魚も流され、秘伝だった漬けダレも
流されてしまい、今もなお生産が不可能な状態が続いている。

 

一方、創業100年の歴史の中で悲願だった東京の直売店を、
2008年に大田区梅屋敷にオープンさせていた。
しかしながら、食材の供給が不可能になり、3年半続けてきた直売店を
閉める苦渋の決断を迫られることとなる。

 

しばらく経ったある日、その直売店の大家さんから写メールが届いた。
その写真に映っていたのは、たくさんのお客様からの応援のメッセージ。
閉店の際にシャッターに貼り出した紙に、寄せ書きが書き込まれていた。
それは、貼り紙の隙間という隙間に書き込まれているものだった。
隙間が全て応援のメッセージで埋ると、
誰かが新しい紙が持ち寄って、また応援のメッセージが書き込まれていた。
新しく追加された紙はなんと計6枚。寄せ書きの数は100件近くに。

 

オープンして3年半で、こんなにたくさんの応援をしてくれるお客様と
巡り会えたことに、心から感謝したのだと言う。
そして、工場の生産を元に戻すことができたら、また梅屋敷に再びお店を作り、
再び三陸の美味しい魚をお届けすることで、恩返しをすることを誓った。

 

「漬け魚」の製造設備は、軒並み流されてしまい、
原料を保管していた冷凍庫も駄目になってしまっていた。
そのため、再生産はまだ難しい状態であるが、
唯一の大きな希望が残っていた。
それは、創業からの「かつおぶし」の製造設備は3階にあったため
無事であったこと。

 

原料のかつおぶしも、産地の方々のご厚意で都合がついて、
震災から50日ぶりに電気が回復し、生産を再開することができた。
多くの方々から愛され、勇気をもらい、今後「漬け魚」も
再生産できるように、復興に向けての取り組みが続く。