2010年漁業の水揚げ高全国第3位、石巻。
そこで水揚げされる大型のさば(金華さば)を使った缶詰が人気だったのが、
「株式会社木の屋石巻水産」だ。
震災による津波が、工場を跡形も無く流してしまった。
従業員、皆が絶望に打ちひしがれていた。
そんななか、奇跡的に「金華さば」の缶詰が工場の瓦礫の中から見つかる。
支援物資も充分に行き届かない中、その缶詰を食べて、
元気を取り戻した人々も多かったそうだ。
「避難所で元気をくれた缶詰、この缶詰を発掘し、
一人でも多くの方にお買い上げいただくことが出来れば、
石巻復興のための資金を自分たちで集めることが出来るかもしれない!」
社員総出、ボランティアの力をかりて発掘作業を行い、
綺麗に洗って売り出したのが、その名も「希望の缶詰」だった。
津波の影響で、包装は剥がれ、普段であればとても商品とは言えない代物。
だが、千葉県、鳥取県などの道の駅で販売したところ、
お客様、取引先、ボランティアの様々な方が購入してくれた。
「希望の缶詰」は、話題にもなり、ネットショップでも盛況。
温かい応援やメッセージがたくさん集まることとなる。
当初、缶詰の発掘は、たとえ途中でも6月一杯で終わらせようと
考えていたそうだ。
しかし、購入者からの心温まる声援の数々に支えられ、
最後の一缶まで、全てを掘り出そうということになった。
地盤沈下の影響で、大潮や台風が近づくたびに、工場周辺が冠水し、
発掘作業は中断した。
気温が高くなってくると、被災した業務用冷凍庫の中身が腐ってしまい、
ものすごい悪臭、ハエの大量発生に悩まされることになる。
延べ500人以上のボランティアにも支えられながら、
そんな状況を乗り越え、7月に被災した缶詰倉庫の中にあった数十万缶を、
全て掘り出すことができた。
その時、倉庫の壁は、津波の圧力で歪んでいたのだが、残っていた。
この壁が津波に耐えてくれたからこそ、
震災後に缶詰の発掘という仕事ができた。
この倉庫に感謝の気持ちがこみ上げてきて、しばらくの間、
社員みんなで倉庫の壁を見つめていたのだと言う。
数えきれない多くの人々から、頑張る「勇気」と「元気」、
そして「希望」をもらって、復興への意志が強く固まった「株式会社木の屋石巻水産」。
「応援してくれる方々のため、共に歩む仲間たちのため、
もう一度缶詰を作ろう!」
「株式会社木の屋石巻水産」の原点である「鯨の大和煮」をまず復活させること、
それが目標となった。
「希望の缶詰」を通じて、得られた資金を元に、鯨を2頭仕入れた。
製造工場を探した結果、岩手県にある工場が協力を快諾。
株式会社木の屋石巻水産の技術とともに、創業から50年変えることのなかった、
「鯨の大和煮」の味が復活した。
その感謝の気持ちを込めた缶詰が、「感謝の缶詰」である。
「これからどうするべきか」、先が見えなくなった時、
応援のメッセージを手に考え続け、改めて気付いたと言う。
応援してくれるたくさんの方々と、共に歩む仲間がいること。
これこそが何よりも貴重な財産なのだということを。
「株式会社木の屋石巻水産」は、2011年12月28日に、
新工場を遠田郡美里町(石巻の隣の街)と
これまでの石巻市魚町に設立することを発表した。
2013年3月のグランドオープンを目指している。
「石巻の漁業が復活しなければ、金華さばの缶詰はつくることができません。
まだ数年はかかるでしょう。でも缶詰の味を忘れないでください。
必ず復興し、石巻の漁業と私たちの復興、その2つが揃ったとき、
必ずまた皆様に美味しい三陸の海の幸の缶詰をお届けいたします。」
道のりは長いが、応援していきたい。
[参照元]
東北復興支援プロジェクト 希望の環
http://kibounowa.jp/
木の屋ブログ
http://ameblo.jp/kinoya-blog/

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