ハッピーライフ・セミナー
2008年 10月13日 ■Vol.17 *いばらの道【9】*バブル崩壊OLの脱出計画&転職

人生2回目の転職活動がスタート。
新聞の求人広告、求人誌などチェックし、
人材紹介会社数社へも登録。

転職活動はそれなりに時間とパワーも必要なので、
「またか、面倒くさいなー・・・」、なんて思いながらの
活動でしたが、次第にとても楽しくなったものです。
こんな機会もなければ、いろいろな会社を訪ねたり、
役員の方へお会いする機会もないので。
新しい会社での一次面接は、「緊張」+「ワクワク!」でした。

意気込んで受けたものの、仕事内容にズレを感じたり、
最終面接で落とされ、がっくりしたり・・・、
カルチャーが合わず、オファーをお断りしたり・・・、

それでも妥協することなく、自分にあった、働きたい職場を
求めて活動していました。2回目の転職活動、
ということもあっのでしょう、結構慎重でした。

ある日、S人材紹介会社(以下“エージェント”)のTさんから、
ぜひ紹介したい企業がある、と連絡がありました。
外資系大手コンサルティング会社の秘書の仕事でした。
もちろん企業名は聞いたことがありました。(詳しくは知りません
でしたが。) ただ、当時ものづくりをしている、特に製造業の
メーカー希望だった私は、

私 「ありがとうございます。でも、私はメーカー希望ですから。」
Tさん 「何言っているんですか、高田さん。
あの大手コンサル会社ですよ!グローバル企業ですよ!」
私 「はい、存じております。でも、コンサル会社は興味ありませんから。」
Tさん 「何言っているんですか、高田さん。
あなたが受かるかどうかもわからないじゃないですか。」

ぶちっ!
はぁ〜、何この人?! ムカつくぅー、と心の中で思いながら、

私 「そ〜んなにおっしゃるんでしたら、受けてみますぅ。(ふん!)」
Tさん 「はい!^^ では、レジュメを提出します!」

まんまとTさんに乗せられました。

求人誌でも同時に募集していたようで、セミナー会場での
説明会からはじまり、筆記試験、そして3回の面接。
コンサル会社は興味なかった私でしたが、会社のことを
詳しく知るにつれ、面接官と会うにつれ、私の興味も次第に
膨らんでいきました。

そしてオファーもいただき、転職することに。
30歳のとき、3社目の転職でした。

SエージェントのTさんに勧められ、一度は興味がないと
お断りした企業。第一希望でも、何でもないのに
ただただTさんの言葉に腹が立ち、勢いで受けた会社でした。

そんな会社へ、その後10年以上も勤務し、いろいろな
経験や出合いがあり、また自分のやりたいことを見つける
きっかけになるとは夢にも思いませんでした。

今ではTさんへ大変感謝しています。転職してからも、
そして今でもTさんとはお付き合いさせていただいています!

さて、転職はしたものの、
金融⇒商社⇒コンサルティング会社、と
それぞれ違う業界でしたので、会社のカルチャーや、
業界用語に慣れることが大変でした。

英語なのか、造語なのかよくわからない言葉がたくさん。
(今でもたくさんあります。しかもよく変わる・・)

人もたくさんいる。当初は、コンサルタントなのか、
外部のクライアントなのか、パートナー(役員)なのか、
下のスタッフなのか、さっぱりわかりませんでした。
敬称は使わず、「○○さん」「○○くん」でしたし、
若く、優秀な管理職の方もたくさんいましたので。

私は、「戦略グループ」の秘書、
経営コンサルタントのEA(Executive Assistant)でした。
グループ秘書(EA)なので、まずは3人を担当。

戦略グループ・統括ヘッドのMパートナー(役員)、
Mコンサル会社から転職してきたKマネジャー、
頭はキレるが、気性の激しいHマネジャー。

みなさん、頭がぐるぐるとよく回転し、仕事ができる
ボスばかりでしたが、一癖ならではおさまらない、
なかなか個性豊かな方ばかりでした。

入社して数ヶ月後にわかったことですが、
私が担当しているボスは、なんと、
「誰も担当したくないボス・トップ3!(ワースト3名?)」
だったのでした・・・。

なるほどねぇ・・・・、と一人納得?!(笑)

とはいえ、当時からかなり鈍感力が働いていた私は
刺激的な環境の中、楽しく仕事をする毎日でした。


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