海外でのゆる〜い生活でしたが、これまで知らなかった文化を
肌で学び、あらゆる国の人々と触れ合い、見るものすべて
新鮮で、充実した1年半でした。
誰でも経験があるように、海外にいると日本のことを
あれやこれや聞かれます。流行りもの、食べ物や文化に始まり、
「あなたは神道なの?」と宗教のことや政治などイロイロ。
「???」と答えにつまり、英和&英和辞書以外の書物を
調べることも・・・。(笑)
日本人として考えさられ、新たな視点で外から日本を見る
ことができたことは、ある意味大きなプラスでした。
長年つき合い、結婚の約束をしていたいボーイフレンドとは
「the end!」となり一人帰国し、再出発!
色々あったけど(ふぅ〜!)、とにかくまた新たに一人で再出発
できることに喜び(決して負け惜しみではありません!)、一種の
解放感とエネルギーにあふれていました。
特に「働きたいエネルギー!」がモンモンと。
で、早速就職活動を開始、Go〜!
とはいうものの、普通のOLでバックグランドなし子で、
当時私ができることと言えば、
「習いたてホヤホヤの英語」と
「世界中の銀行名を全部英語で言えます!」ぐらい。
「はぁ〜? 何それぇ〜?」ですよね。
3年のゆる〜いバブリーOL ⇒ 留学(遊学)し、
帰国した私に待っていたのは厳しい就職活動でした。
とはいえ、以前のように安易に選びたくはなかったので
焦らず、妥協せずに就活に励む毎日でした。
で、2社目として就職した会社は一部上場のメーカー
(後に商社)。輸出入や仲介貿易をしている海外営業部の
アメリカチームへ営業のアシスタントとして配属。部署で
扱っているものは電化製品、衣類、スポーツ用品、
食品などいろいろ。
金融業界からきた私にとってはわからないことだらけでしたが、
モノの流れや、市場に流れていく様子がとても興味深く、
楽しく、「へぇー」の連発。
時には、
「へぇー、デパートで売っているあの商品、こんな値段なんだぁー。
もう買えないなぁー。」なんてことも。。
入社時は、ちょうど産休に入る同じ部署の先輩から仕事の引き継ぎ。
時に「ふぅー、はぁー」と深呼吸し、今にも生まれそうな大〜きな
お腹をさすりながら、丁寧に引き継ぎしてくださったKさん。
「ふぅ〜」と聞くたびに、こっちがドキドキして心配しながらの
引き継ぎ作業でした・・・。
上海出身の彼女は、流暢な日本語を話す、優秀な社員でした。
中国人とわからなかったほどです。
(Kさんとは今でもお付き合いさせていただいています!)
上司にちょっと頼まれたり、資料作成とかお願いされても、
「はい、やります!」、「私やります!」という調子でした。
今後しっかり働いていこうと思っていたので、当時は
「何でもやります・学びます・教えてください!」オーラ全開だったのです!(笑)
幸い部署には雑用とか、コピーとりだけで使う男性社員も
おらず(みなさん自らコピー)、一社員、仲間として受け入れて
いただき、仕事に集中することができる環境でした。
日系の会社でしたが、意外にレディファーストなところがあり、
エレベーターでも、社長以外女性の先に降りる男性は
いませんでした。こちらが恐縮してしまうほど・・・。
(女性社員が怖かったのかなぁ?)
ようやく仕事にも慣れてきた、ちょうど半年ほど経った頃です、
いっきに景気が下降しはじめました。
会社の株価も急落。
えっ、こんなはずじゃなかったのに・・・。 |