ハッピーライフ・セミナー
2008年 7月12日 ■Vol.11 *いばらの道【3】* バブリーな時代のOL 〜2〜 

入社以降ビジネスが大変好調で、忙しい毎日が続きました。
景気がよく、会社としてもビジネスが好調(儲かっている!)だと、
忙しくも会社は活気にあふれ、みんなハッピィでした。
(まさにバブル突入)

はじめは仕事に慣れることに必死でしたが、少し慣れてくると
勝手に「こんなもんなんだ!」と思い込み、毎日仕事をこなしていく
日々が続きました。

残業はそこそこあり、深夜残業というものも月に2〜3回ほど。
USでのGDP、失業率など、指標が発表される際はUSのマーケットの
時間にあわせて、夏は21時に、冬時間は22時に待機。

発表された数字によりマーケットが大きく揺れ動き、荒れた場合は、
24時すぎまで残業。不発に終わり何事もない場合は、
1時間後に帰れることもしばしば。

時間だけ見ると大変そうに聞こえますが、全くそんなことはなく
むしろ楽しい深夜残業だったのです。
仕事は24時までずっと続くわけではなく、休憩時間があります。
発表前のマーケットはたいてい穏やかで、だいたい18:30〜19:00
に通常業務が終了。つまり、21:00までフリーになるわけです。

空き時間はいつもみんなで楽しくディナー♪、でした。
バブリーな時代でしたから、夕食手当までついていました。
ディーラー含めて数名で行った際は、足がでても全て
上司が支払っていたので、問題なし。

「 19時までの残業は、夕食代として1,200円支給
21時までの残業は、夕食代として2,000円支給
深夜残業は、タクシーチケットがもらえる。
深夜残業の、仕事していない時間(待機時間)でも残業代が支給 」
という具合。

当初は、あまり仕事してないのにいいのかなぁ・・・、などと
謙虚に思ったものですが、そのうちにだんだんと
「これが普通なんだ!」と思うようになっていました。
慣れとは本当に恐ろしいものです。

残業といっても、1時間の、いや30分、そして1分単位の
「仕事の濃密度」、「仕事の質」、「仕事量」を考えれば、
とっても楽な残業(仕事)だったのです。
単なる「居残り」といった方がいいかもしれません。
付加価値をつけるどころか、ただこなしているだけの仕事。
おまけに夕食代やタクシーチケットがついてきたのですから・・・。

この時は本当に何も考えていませんでした、
何も気がついていませんでした。

あるとき友人から電話がありました。
一流大学をでた優秀なKちゃんは、大手メーカーに勤めていました。
輸出がメインの会社は、円高の影響を受け大変なことになっている、と。
コスト削減で電話の本数も減らされて電話は数名で共同、
エアコンは時間制限があり、汗だくで仕事をしている・・・、
文具も以前のように簡単には支給してくれない・・・、
次のボーナスもちゃんとでるかわからない・・・、
オフィスも活気がなく沈んでいる・・・、などなど。

世の中どこもかしこも好景気、と思っていたので
正直驚きました、ショックでした。
しかもあの優秀なKちゃんが・・・。
大手企業に勤めたのに・・・。

一方ノーテンキなOLの私は、たいした仕事もせずにたくさん
お給料をもらっていたのですから。

このとき仕事のこと、これからのキャリアのことを考えるきっかけ
ではありましたが、居心地よくヌクヌク、ユルユルに暮らしていた
私は、それが危険信号だとも気づかずに、

「今の会社でラッキー!」と思っただけでした・・・。

そうです、既に「バブリーな、楽しく・楽なOL生活♪」に
どっぷり浸ってしまっていたのです・・・。

当時はこういう生活がずっと続くものだと思っていました。
ありえない・・・、
続くわけがない・・・。


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