私が就職したのは、バブル景気になる寸前。
世の中、好景気の頃でした。
どの企業も好景気のあおりを受け、新卒採用も強化していた時期です。
会社説明会に参加しただけで、何千円ともらえる交通費。
(「えっ、往復640円しかかかってないけど・・・」なんて思うことしばしば。)
大学生には、分厚い企業のパンフレットの束がどっさどっさ届き、
内定がでれば、高級レストランでおもてなしをうける。また他社からの
内定に迷っていれば、更に高級な接待が待っている、という時代。
私はと言えば
「○○会社で働きたい!」
「あんな風になりたい!」
「○○業界で働きたい!」
「スチュワーデスになりたい!」とか、
具体的な夢ややりたい仕事がないまま、単に、
「英語を使えて、かっこよく働きたいな!」、とそんな安易な思いで
就職活動をしていました。
一応皆と同じリクルートスーツを着て、慣れない黒のパンプスを
履いての就職活動。慣れないヒールで足にマメができ、移動の途中、
何度公園のベンチや駅のベンチで休んだことか・・・。
でも、こ〜んな私でさえ数社からオファーをいただきました。
今では考えられませんね・・・。
そんな学生を採用する企業はどこにもないでしょう。
何も考えていない学生、意志のない学生、リクルーターだった
私が真っ先に落とす対象になる学生です。
でも、そんな時代だったのです・・・。
いくつかのオファーの中から私が選んだ会社は、外為の一般職の
仕事でした。当時「女性の総合職のポジション」は大変少ないものでした。
当時あまりよく考えていなかった私は、「まっ、一般職でもいいや!」と。
なぜその会社を選んだか?
それは、単純に待遇(給与!)がよかったから!です。
これまた何も考えていなかった証拠・・・。
一般職でしたので手取りの給与はあまり高くないものの、
何と、ボーナスが10か月分だったのです!
春&秋と年2回の支給なので、つまり、
10か月分 X 2回(春&秋)で、
「20か月分/年」だったのです。
しかも、支給時期が5月と11月と、一般的な支給月(6月と12月)
に比べて、1ヶ月ずつ早かったのです。
(おかげで世の中ボーナスシーズンの頃は、いつも既に使い果たし
スッカラカーン!状態でした・・)
社風もフランクだし、英語も使うし、外資系じゃないけど、何かいいかも!
と安易に決めた、私のはじめての職場でした。
このボーナス額だけにとどまらないバブル景気、入社後少しずつ
味わっていくこととなりました。
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